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                                                                          2013-06-20 

               敵はどこに?

                                                                         小原昌之
                     
 築50年を越える精神科病院の臨床心理室のソファーに私は座り、患者さんが入ってくるドアを見つめていた。

私の背後は窓があるが、部屋は2階にあり、部屋のドアは一つ。恐れが具体化した。

ふと気づくと目の前に大男が立ちはだかっていて、無表情に私を見つめ、今にも私に襲いかかろうとしている殺気を感じた。

 

「あなたは誰です?」と問うと「お前は俺が誰かを知っているはずだ。」と静かに言い、すぐに両手で私の首を締め上げてきた。

助けを呼ぶにも声はだせない。

ソファーに座った状態でのしかかられ、逃げようにも逃げられない。

 

 その時、私は気づいた。
この患者さんは私だ。

そうだ私自身に違いない。

だから私がこの患者さんになるのだ。

この人と一体になるのだ。

そのような気づきの瞬間、私と患者さんはスーッと重なりあい、解け合った。

夢であった。

そして、夢から覚めた瞬間、私は思わず寝床の上でガッツポーズをとっていた。


 これは十数年前に観た夢である。

単科の精神病院に赴任し、それまで以上に多くの精神病の患者さんの心理療法に取り組むことになった私の中にあった

不安や恐怖心が如実に映像化された夢であった。

人生で観る数少ないBIG DREAMの一つでもあった。

この体験からの気づきに導かれ、以来現在まで、たくさんの精神疾患を持った方々とご縁を持ち、有意義な治療の時間を過ごすことができた。今の私には、どのような精神疾患名を告げられても、その疾患にかかっていても、立派に回復し生き抜いている、心から尊敬できる人たちの名前とお顔を何人も浮かべることができる。ご縁があった皆さんが私の師である。 

 

 さて、まくら話が長くなったが、光岡英稔師のセルフディフェンス&アウェアネスセミナー(以下SDA)に興味深く参加した。

関心は3つあった。

常々心理臨床の実践をしている我が身の修練において、awarenessは核心のテーマであったことが一つ。

これまで精神科病院の現場、とりわけ、精神疾患によって重大な他害行為を犯してしまった患者のための特別な医療(医療観察法による医療)に携わっている中で、「暴力」というものは、それに巻き込まれる医療者、患者、家族皆が傷つくものであり、それをどのように抑止するかというのは現場の切実なニーズでもあった。

包括的暴力抑止プログラム(CVPPP)という患者さんを傷つけず「暴力」から全ての関係者を守るトレーニングを医療チームの仲間と受けてきたが、光岡英稔師のSDAから新たな気づきと学びを得ようと思ったこと。

3つめには、今の私たちが生きている状況は、対人関係上のセルフディフェンスよりも、激しい温度差が頻繁になってきた昨今の気象状況、

地震や津波などの自然災害、原発事故による放射能汚染による外部被爆と内部被爆、PM2.5などの大気汚染、鳥インフルエンザなどのウイルス感染など、対環境においてのセルフディフェンスが必要とされるようになってきた。

このような次元までいくと、もはや逃げ場はどこにもない。

それでも逃げるか、玉砕覚悟で立ち向かうか、潔く全てをあきらめるか、否、それらのどちらでもない生きる道はあるのか、ないのか。

一人称の世界のawareness。二人称の世界の対人との武術的攻防、護身。

そして三人称の世界の対自然環境においてのサバイバルのテーマである。


 2日間の実践講習の中で、PREDATOR-PREY ,VICTIMという三つのキーワードを軸として、いかにそれらのトラップに嵌らず、主体的、主動的に動けるかを練習していった。生きるか死ぬか、のっぴきならない世界は、本質的武の世界に重なる。

野性の感覚が呼び起こされ、自らの本来のいのちの働きが実感できる喜びがそこにある。思えば、それはいついかなる時でも存在し、流動しているのだから、私たちはただ夢から醒めて、今日一日に向かって動き出せばいいだけのことだ。

 

さあ、敵と出会ったらどうしようか。敵に用心する?敵から逃げた方が賢明な場合も多いだろう。

敵とダンスする?敵は自らを理解する協力者かも知れない。敵と溶け合う?そこで自らの偏見がなくなるかも知れない。

敵と遊ぶ?敵を知り、己を知れば百戦危うからず。ならば無敵だし、それは素敵なことだ。
さて、私にとって敵とは何? 敵はどこにいる? 今、気づいた・・・。

 

 

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